スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ダブルトールの流儀

ダブルトールの流儀=“反駁”

流儀とは 芸術であり 作法である。 英語訳ではマナーであり。 ファッションと訳される事が辞書に載っている。

 会社における流儀はコンセプトと評される事になるのであろうか? 

 その考えとなる基本は ダブルトールでは“反駁”と言う事を謳ってきた。

 反駁をダブルトール流に言葉で表すと 行動を起こす前に良く考え誠意をもって他人に行動する 事であり。 自分自身への問いかけを常に心がけ 自分の中での完成度を上げる事である。 何に対しても完成度が上がる事で人は進みやすくなるものである。

 今回 堀江社長からのカフェの考えで“侘び”“数寄”と言う言葉を深く考え吉祥寺のカフェのアイデアに結ぶ事をしてゆく中で
 反駁は侘び寂に通じる所が多く また 私自身が人としての集大成で最も必要である短く表せる言葉である様な気がする。

 私が考える 共通項での最大で一番尖がっている部分は
“本物を見極める目を持つ!“と言う事が答えとして見つかった。

 反駁とは近代における哲学の思想であり。テスト可能性を掲げた考えに基づく行動であり。代表例はアインシュタインの説に届く。アインシュタインはその時代否定されていた事実を彼なりに予測し厳しいテスト検証を課せ そのテストをクリアさせる事で証明させ彼の理論を確かなものとしてゆく。
 
 テストは厳しければ厳しい程に その結果は確かなものになる。 故に自分に課す課題・検証が大きければ大きいほど それをクリアした時のモノは確かになるのである。

 侘び寂 にも共通する事が言えよう。

 千利休がが秀吉の茶席での朝顔の話は有名であるが。それを例えた話をよく耳にするが・・・・
女性に愛を告白する為に 100本のバラから99本を捨て たった1本をプレゼントする、その時にその99本を除いた話をせずに。

 さて、普通の人間がまず 100本からたった1本を心の迷いなしに 何をよしとして 選ぶ事が単純にできようか?
 私の感覚で凡人は もったいないと感じるだろう。 また 99本を捨てる潔さに目が行くかもしれない? しかしこの話で重要な事は 1本を探し出す目利きを持っている事であり。 もし完全な目利きであるならば1本も残す事がなく 上げないで終わる事も? また1本以上残す事もやぶさかであないのである。
 目利きとは本物を自分の判断で見出せる能力であり。 “侘び” “寂び”と言うに通った音を発する語を並べ その小さな差を強調しているかのようなこの語彙を大きく違いがある様に認識できる までに至るには 自分を鍛えうる経験値を上げる事が備わらないと出来ない事であり 非凡な能力を築きあげてこそ 可能ではないだろうか?

 完璧を求めるには よほど眼を鍛錬し利かせる事が必要であり。 凡人は完璧主義者をただ単に完璧にできる人間と評するが。 本当の完璧主義者とは反駁者であり 常に自問自答して完璧にしてから前に進む人間であり ゆえに完璧ではない! 進んだ時にやっと完璧になるのである。

 目が利くようになれば その判断時間は短縮され また判断力は大きくなる。

 そして研ぎ澄まされたこの感覚は共通する何かを持つ。 形而上学に続くとも想像する。

 凡人が考えるところに 目を利かせるには 総てを網羅させる事を考えるが
私はある拳法家の思想でその考えは逆に遠回りであり、また 目を利かせるに至る手前で終焉を迎える事であると考えを変える結果になった。
 その思想とは 山には頂上は一つであり、登山途中で上を見上げるとその道のりは長く感じる。また 中腹で周りを見渡せど 茂った気が見えるだけである。しかし一度頂上に達しそこから下へ眼をやればその頂点に続く総ての道が見え、また自分の上に空が広がり自分の目線にしか地は見えない。 総てが見下ろせるのである。
 それと同様に、その山の頂上まで総てを周り登山すれば相当な道のりを歩き 結局山頂にたどり着けずに終わる可能性も? 山頂に最も早く着くにはまっすぐに尾根を登るべきである その尾根は時には険しいが一番の近道である事に間違いはない!
 頂上に登ればそこに続く道は見つけやすいものである。

 山を急いで歩けば足もとのがれきが崩れその一歩が後退する事も

 反駁をしながら 一歩一歩確実にあゆむ事が結果事をうまく運び早く前に進む。

 現代は価格であったり 人気である、メジャーなものを目利きの基準にしやすい
そんなことは誰でも出来る事である。 ひねくれずに 自分に正直に また自分の経験値に沿って 正確な判断が得切る事が 侘び寂である様な感をもった。

 粗末なものから何か美を見つけうる能力

 現代美術はわからないモノを評価する傾向があり。 本当にその評価は正しいのか?

 ブランドに左右される事は 目利きを曇らせ。 またそれは自分の心の指針に正直ではないはずなのである。

 テスト可能性 また 心に正直な ぶれのない判断
それが出来る過程に反駁があり その集大成は侘び寂であろうか!

 ダブルトールの本物!

ダブルトールには沢山の本物(自らが見極めた!)が在る。

 D’arteのエスプレッソ SSWが自ら輸入しており。 美味しいを表現すると:油が浮かない!エスプレッソの為に焙煎された豆である。 深入り焙煎での豆は確実に1点の穴から油が噴き出すかのように湧いている。 しかし D’arteはそのような浮き方はしない、また目立つ脂の浮きが見られない! 油が出ずらい 生豆を目利きし、焙煎を目利きしている会社がD’arteである。 食後の胃の中和を図る!! 他のモノは酸性化!
【新鮮な豆はアルカリ性!!】

 焙煎の袋: まだ日本では焙煎豆の袋を選ぶ事まで目が行き届かない時代である。 その中で袋さえ日本でSSWのONLY ONEである。

 SOLOのカップと リッドを使ったSTORY!
日本で初めてと言って過言でない! 現在の基礎になるリッドをいち早く独自に輸入して使用したのがダブルトールであり。そのルーツには 日本最大であった製紙業の家にうまれたからであったこその目利きであろう?

 DAVINCI:SSWがDAVINCI社の証明を唯一持った日本初のこのシロップの輸入元である。
 
  TXPRESSO:SSWが開発 特許を申請した日本発 世界初の飲み物である。
 エスプレッソ理論:紅茶TXの開発が証明してるように 9気圧の独自の理論 スチーミングの理論を打ち出している。

 焙煎:まず日本人が絡めない 国との取引が可能! 生豆さえも独自のルートにより また独自に輸入した焙煎機により 焙煎のプロ 廣井が焼く ダブルトールブレンドを中心に焙煎を構成できる。

 ダブルトールしかできない 手に入れられないモノを ダブルトールの流儀に従って それをアレンジして どのようにも形を変える事が出来る事も ダブルトール流であろう!

 素材・人・理論 すべてONLY ONE であり 詫びを見極めている。
 
 米: 新潟からJAを通さず カフェ飯にあった 米を直で買い 新潟の地域の活性にも繋がっている。 

 水:沖縄のサンゴから作った粉末を米を炊く時! また水に混ぜ野菜を洗う カルキ、農薬を除去し! 飲み水を美味しくする。

※ 現在 何かのキーワード やら 表面上のカッコ良さに惑わされ 結局 個人レベルでの判断に於いて人がモノを見極められなくなっている。
 そこで ここの場は教育の場 でなければならないと考える。

 結局 良い物を見極める力は 即効性の感覚であり、一瞬の判断である。
 
 味とは正にそこにあるもので! どんなにタイトルが良くとも 結局美味しく また いまは 医者に行く前に食べる事で健康に!なる事を考える事も! ゆえに体に良い事が重要であり。 また 食育が大事で 何が美味しく また 何が 美味しくないか?
 それを教えてゆかないと 日本の食は表面になり 美味しさを履き違える。

 ジャンクフード(junk food)とは、エネルギー(カロリー)は高いが、他の栄養素であるビタミンやミネラルや食物繊維があまり含まれない食品のこと。「ジャンク」とは、「がらくた」・「屑」の意。


侘び寂の極意

プロフィール

shojirosaito
有限会社
エス・エス・アンド・ダブリュー
齊藤 正二郎
1967年、東京生まれ。
慶應大学法学部政治学科卒業。
SNHOMISH FLYING SCHOOL修了。
FAA 米国航空局飛行機免許を日本人初の100点で修得。
1992年にシアトルにてSSWを設立。
1995年に日本にてSSWを設立し、
カフェダブルトールをオープン。
スターバックスが日本に上陸する以前に「DAVINCI社のシロップ」を日本に初めて輸入し本格的なエスプレッソを日本に広める。
「DAVINCI」の権利は知人に譲り、現在は「TXPRESSO®」と究極のミルクフォームを創りだすTIPを発明し、エスプレッソの世界を変えようとしている。

世界の砂漠をバイクで最速で駆け抜け、飛行機で空を散歩し、1級船舶で海原を渡れる。
「陸・海・空」を制したエスプレッソマンである。

カレンダー

2017年07月
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。