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フライデーナイト リレーマラソン!

 先週 金曜日の 夜に 息子の 幼稚園の友人の お父さんに 誘われて
代々木競技場での 3時間耐久 マラソンの競技のメンバーとして 参加してきました!
 
 正直 ここ10年は 運動を 止めていた 私には 
”えっ 俺に 死ねって??” と言う 宣告させられた 気持ちの
急激な 労働であり・・・・・・ 非常に 緊張したものでした!

 一応 6人で 走り 一丸となって 完走する 運び となりました!

 順位は 全く 気にしないので わかりかねます・・・・・・

この 大会に向け 一応 朝 個人的に また パパ合同練習 を 少々してきましたが

 この人生で 初めて 肺が痛く・・・・ 歳って 怖い!
と 思ったのは 言うまでも ございません。

かつては 常に 耐久 耐久 また タイキュウ と言った
 生活を していた 私の 人生!

 でも 今や γ GDP 八百を 超えたり!
中性脂肪の 数値が 2999ほど 行ってしまったり・・・・・

 細胞が死ぬ数字が 普通200ほどの 値なのが イチマンニセン??

 なんじゃこりゃーーーーーーーー と言う 数値を叩き出して満足しなければならない中

死を覚悟で 楽しく 走ったのでした!


  耐久と言えば 本日 8鈴鹿の 8時間耐久レース 通称 8タイ で
43歳の 伊藤真一が 操る HONDAが 優勝! 宮城に 元気を 与えてくれた
 NEWSを見て 俺は 駄目か・・・・・ と落ち込んだのは 言うまでも ありません!


 かつて 学生の頃、 体育会スキー部で 一番 早く 走った男であった
私は いまや 地面を這うように 走ることしかできない
 10Kmを 34分ほどで 駆け抜けた あれは 幻だったのか??

 学生時代の あの体力は どこに 行ったのだろう・・・・・

 あのころの 8月は 埼玉の桶川にこもり 8時から16時まで 気が狂うほどに
CR125ccで チーズになれるくらい モトクロスコースを 周回し
 飛んだり 転んだり 記憶喪失になったり・・・

 そして 夜 そのまま 海にゆき 4時から 2時間ほど ぶっつずけで パドリング!

そして また モトクロスして そのまま 東京で 夜通し 踊って!
 ぶっ倒れるまで アルコールにつかり・・・・

 ナラボー平原 5000km を かっとび! BAJA半島 1600kmもかっとび!

 しまいには 肺活量が7000ccを超え 心拍数が45 となったのが
いまや しょぼい 地蔵のような 走り・・・・・

 それでも 悔しくないのが 最低なのである!

 一応 エスプレッソ で 世界制覇したら 息子と
パイクスピークを 走り BAJA1000に 再び 舞い戻りたい!

 一応 フィジカルな 希望を 持ったのは

 この フライデーナイト リレーマラソンに 誘ってくれて
 実際に 出たからなのである!

 感謝感謝!

 師は 必要な時に 必要な師に 合わせてくれる のであった!

 めでたしめでたし!!
 

文化を創りたい 私のエスプレッソは世界を変える!

 一応 先日 ダブルトールの 社員二人を連れて ハワイに 行ってきた。

 一般の人の目、 バリスタの 目線から見れば 米国のラテアート コンペティション に参加するのが目的なんだろうが・・・・・ 私の目的は 文化を知ること! 経験すること でしかないのである。

 今回 3・4位と言う 成績を 取ることが出来たが
   成績を 上げることは イイことであるが

    また 会社としての ブランディングでは イイことであるが

   私の中では それ以上に、ハワイの空気を スタッフに
         吸わせることが 総てであった。

エスプレッソ屋 として コーヒーの木に触れて 生豆の匂いに触れて チェリーを食し
 バーチャルではなく 現実に 体験することは 絶対であるが

 でも それ以上に 無駄な経験をさせたいのが 私の 欲するところであった

 だから ヒルトン ワイコロア で遊び! ドライブして ロコのハワイアンを食し
 色々な 地ビールを飲ませ! オアフ島の ショッピングセンターで 買い物を する。

 莫大な数百億ドルの遺産を持っていて それを微塵も見せないで ボロボロの服を着て 道楽で漁師をやっている人と釣りを させたり・・・・・ そういう人間と知らないうちに交流を 体験をさせる。

 日本では 味わえない また 自分がいるからこそ 経験させることを してもらう!

 バリスタって 結局 エスプレッソを入れるだけでは 駄目だと思う。
 だから WBCでは シグネチャードリンクがあり エスプレッソを コーヒーを応用した
 テストが 存在すると 思う。 生活に合わせたり 食を知っているからこその 競技が生まれる。

 生活に 沿ったサービスがあるからこそ、 また色々と知っている 遊んで知ってきているからこそ
 バリスタの面白みが あると思う。

 ダブルトールの スタッフを 今まで オレゴンのレッドウッドの巨木の林の中で 歩かせ、
美味しい空気の中で 吸う タバコが どれだけ美味いか 体感させ。
 シアトルでは セスナを 運転させ
はてまた 夜 テントを 張って モトクロスを させたり・・・・・。 
 色々と させてきたが それを 私が させる前に経験しているスタッフは いない。 
だから すごく 楽しんでくれる!

 私が真のバリスタではなく 不真面目な エスプレッソ愛好者ではないから 
ただ シアトルの私の建設会社と関連を作りたく たまたま 優美なエスプレッソマシーンが あったから 
エスプレッソをビジネスとしただけの感情で始めたから 

 エスプレッソを 遠くから見つめ エスプレッソのプライオリティーが低いから
 なぜ 抽出が 行われるのか? 正確に 見える結果が表れるのだろう。

 幼少から エスプレッソにヨーロッパで触れているから 別にこれが 特別なものではなく
これを 操れることが カッコよいことではなく
  空気を 吸うことぐらいの 普通の存在だから 逆に エスプレッソを特別視していないから

 お宅にはならないで 冷静に 見つめていられると思う。

がっ!しかし、
 逆に 年追うことに コーヒーが好きになり 今では エスプレッソには留まらず
焙煎まで 興味が出てきてしまった!!

 普通で 空気な存在としているから  文化として”エスプレッソ”を 根付かせようと 今していると思う。

もし エスプレッソで ”俺の人生が 変わった!” と言う 感覚があったら
自分は もっとまじめに エスプレッソを商売にしていただろう??

 自分が 歩んできた 体験してきた これまで充実した 人生の中で
バイクの スピード、 波に巻き込まれる感覚、 130kmを超えて滑走する領域
 40億年前のまんまの荒野を疾走する 気が狂った 世界を エスプレッソ は 全く超えることは
ないが、

 エスプレッソを使って 日本人が 世界に通用する 技術を表現できる事が
今の 私の 中では 今までの人生の 総てを 超えられる 世界へ向けての表現であり

 自分が 生まれてきた 足跡を刻める ツールであり

 遊びに 遊んだ 集大成が エスプレッソを使った 発明なのであろう!

この数週間 ちょっと やっぱり 商売で エスプレッソを 使ってみようかな?

 と言う 欲が 急に 出てきた
   負けづ嫌いな性格と あと 人生も残り少ないから・・・・・
 ちょっと 死ぬ前に カッコつけたい から

 と言うことで この先 文化を 創ることに してみます!

  日本人が 創った 部品が 一個もついていない
 世界中の エスプレッソ マシーンに つけちまおう!っと  
 今のところ 私だけかな? それに 一番近い 日本人は(笑)


 マハロー!! 

 

 

悲観か・・・・ 日本って!

私は 昭和42年うまれ でも きっと44歳には 観られない。
若い 幼くみられる。

着ているものが 若いから??
いつも 真冬でも Tシャツだから??
 でも Tシャツにも 拘りがある。

そんな事は どうでもよい?

 なぜ Tシャツなのか? きっと 幼少の頃 ちゃんとみなしだみを 常に叩き込まれ
 その重圧から いまや 常に ラフなのだろう!

 ちょっと前の 日本の社会は いつでも スーツに ネクタイ!
 でも そういう 常識も 無くなってきている・・・・
 今回の 震災後に 節電もあり さらに 加速するだろう!

 でも ずーっと Tシャツしか着ないことは 今の時代 認められているが
 この時代でも 時と場合 では やはり スーツは必要であり
 私も ちゃんと 着こなしを 知っている

 そういう 正装を知っているから 砕けることが カッコよいはず!

 なんでも メリハリ は 大事である。

 バリスタも 今までの 喫茶店では それなりの服装が 当たりまえ
 ギャルソン風の 恰好をしていたが
 いまは”シアトルでは 個人のセンスを主張した ファッションが バリスタには!!”

 と言う 事を 唱える人がいるけれど・・・・・

 それはそれで 良いとは思うが 両方 バシッっと 着こなせれば 
さらに シャープで カッコよい!!

 でも シアトルの グランジーを どこまで知っているのか?
 英語が話せない 人間が その土地の 文化を どこまで理解できるのか?
 私からしてみれば インポッシブル である!

 コーヒーの世界も いまだに その 見た目を その人が個人的に表現してしまい
 それが 日本での常識に なってしまう! 本当は違っていたり 原理が違うことを
 信じ込んで 平気で それが 流行ってしまう。

 物を 正確に 認識しないで 平気な顔して いられるのは
 日本の 教育のシステムで 総て 覚えこみ 点数だけしか 評価しないからなのだろうなぁ??

 私は 日本人として 他の国の 方々と肩を並べたい! 対等に 笑いたい。
 日本人を 誇りに 思いたい!
 
 私は 幼く見えるが きっと 44歳代の日本人よりも 古き良き時代の日本を目の当たりにして
 また 非常に得意な 経験をして 強かった日本人を 観てきたから
 比べるものが あり 悲観と言う 表現を 有無いのだろう。
 
 強い 大正生まれの 日本のか経済を 支えた 父親に育てられたことを この年になって感謝している
 高校生 までは 異常に 嫌っていたが・・・・・ 嫌っていた= 昔の日本の思想の中で 育てられたからであろう??


 さあ、日本人のバリスタが 信じてきた 事実?は
 
 モカを モカと言う 種のコーヒーだと 最近まで信じている
 
 この前まで 泡立ち コーヒー と呼んでいたことが クレマとなったのは ごく最近
(一応 私が きっと クレマ と呼ぶ以前に 油 と表現したことから 日本でのクレマは 始まる!)

 なんで ラテアートが 描かれるのか その理論は 誰も 語れない!

 スチーミングは 空気が造るものと 信じている!

 ミルクは 67.5度で ラクトーゼが 一番 構成される・・・・ 
 

 などなど!

 きっと 今や あの教科書の 源 頼朝の絵が 違う人物であったり
足利 尊氏の絵も 違うから 最近の 教科書には 載っていなかったり・・・・

 信じていたものが 一瞬で 音を 立てて崩れ始める!

  
 日本の コーヒー業界って おれがおれが の世界で
 それも あまり 理論がないような? 宗教的に 好きな 思想に 偏って終わるような?

 個人で 終わるならば それで良いのだろう!
 でも バリスタに なりたい! そんな 希望が ある 若者が いるならば
 正確に 何か 教えて みんなで 盛り立てて
 私のょうな バリスタではない また 変わった 環境の人間が この奇妙な
 世界に 連れてきて 認知を 促すべきであろう。

 バリスタが 悪いわけでもない・・・・
 バリスタを 知らない 層の人間も 人を称賛せず 地域を活性化させず
 かれらの 技術を 認めたあげない それもあろう??

 西洋は どんな田舎町にも 朝から長蛇の列の ごく小さな 朝飯屋が いたるところに
存在する。 別に ハナコに 載ってきているのではない。
 自分が すきだから! 人の目を きにして いるのではなく
 近くに 美味しい と 認める 店があるから!

 原宿に ハワイから 来た パンケーキの 店に 長蛇の列が あるが・・・
 きっと 探せば わざわざ 原宿の ハワイの店 ではなくとも
 近所の かわいい おばあちゃんの ホットケーキの 店に 行けばよい!
 
 食ではなく 経験で 並び 本質を 何がうまい! と言う 理論はないと・・・・

 日本って もっと 自分の舌を 信じて 流行りではなくとも
 探せる 能力が あるんじゃないのかな??

 近所の スタバには 行くけれど
 あのバリスタが 煎れると うまいから あそこでは そいつが いるから 行こう!
 そうするだけでも 近所で 経済は 活性するし

 バリスタも 育つ!

 大会に でて 優勝しなくとも 腕があって 笑顔が 似合う バリスタが いれば
 称えて あげたい!

 かつて 名声を もったバリスタは 時代の 傾向で 埋もれていたり
 でも 彼は まっとうな 自分の 最高の 腕を 貫いて お客様を 喜ばすことを かんがえて
 時代に 反しても! 美味しいって そんなに 日本人なら 変わらないはず!

  きっと 流行りと 理論無き 虚像が はびこるから
 日本の バリスタ だけではないが・・・・ 色々と 定着せずに 文化にならずに
 一時の ファッションで 終わるのだろう!!

 Tシャツ しか着ていない奴は 絶対 カッコ悪い!
 本物を 知って 着こなしを 知っているから そのギャップで なめて Tシャツ ジーンズ だから
 カッコよさが エンハンスト されるんだ!

 かつて 白洲次郎が 正子さんを 含めた 家族の家での 食事の際に
”ネクタイを 締めずに 失礼!”  スーツではなく  普段着で 食べるときに 言い張った!

 之って 実に カッコよい!

  本物を 理論を 知っているから 崩せることが ある!
  
 バリスタ 頑張れよ!

  
  
 
 

プロフィール

shojirosaito
有限会社
エス・エス・アンド・ダブリュー
齊藤 正二郎
1967年、東京生まれ。
慶應大学法学部政治学科卒業。
SNHOMISH FLYING SCHOOL修了。
FAA 米国航空局飛行機免許を日本人初の100点で修得。
1992年にシアトルにてSSWを設立。
1995年に日本にてSSWを設立し、
カフェダブルトールをオープン。
スターバックスが日本に上陸する以前に「DAVINCI社のシロップ」を日本に初めて輸入し本格的なエスプレッソを日本に広める。
「DAVINCI」の権利は知人に譲り、現在は「TXPRESSO®」と究極のミルクフォームを創りだすTIPを発明し、エスプレッソの世界を変えようとしている。

世界の砂漠をバイクで最速で駆け抜け、飛行機で空を散歩し、1級船舶で海原を渡れる。
「陸・海・空」を制したエスプレッソマンである。

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